PCB設計者のRick Hartley氏: シグナルインテグリティーと高速設計の第一人者
駆け出しの頃、マイラーテープを使った手作業でPCB設計進めるHartley氏
Judy Warner: まずは、ご自身の職歴とこれまでに手掛けられた製品について教えていただけますか?
Rick Hartley: 私は1965年、20歳のときにエレクトロニクスの世界に入りました。最初の数年間は研究開発部門の技術者として働きながら、夜間学校に通って電気工学を学びました。それからしばらくしてフィールドサービスに異動になり、その数年後に「設計者」としてエンジニアリング部門に配属されました。当時の「設計者」は、回路そのもの以外の、回路基板、パッケージング、ワイヤーハーネス、ケーブルなど、製品に使用されるものは何でも設計していました。数年間で設計に関する十分な知識を身に付けた後は、EEとして数年間、電気回路の設計を行いました。
ある日、上司がやって来てこう言いました「君にPCB設計の経験があるのはわかっているが、実は回路基板の仕事が山積みなんだ。これからの6か月間は、回路設計と回路基板の設計を半々で進めてもらえないかい?」私は「わかりました」と答えました。そして、その6か月が過ぎて気付きました。私は回路設計よりも回路基板の設計のほうが好きだったのです。そこで私は回路設計から回路基板の設計に戻ることに決めました。これを聞いたたくさんの設計者は、私の頭が少しおかしくなったのだと考えたようです。
Rick Hartley
Warner: 間違いないでしょうね!そんなふうに考える設計者はなかなかいません。
Hartley: そうですよね。彼らには「君はかなりのマゾヒストだ」と言われました。ところが、私にとっては本当に回路設計よりも回路基板の設計のほうが楽しかったのです。ですから、自分で異動を決めたのです。幸運なことに、同じ領域での異動だったため、給料は下がりませんでした。その後、別の会社に転職しましたが、ラッキーなことに引き続きEEレベルの給料をもらっていました。私にとってはよい結果になったわけです。
Warner: では、これまでにどのような製品を手掛けられましたか?
Hartley: これまでに手掛けた製品ですか…駆け出しの頃は、大半が工場の床用の産業制御装置でした。製品に使われるものを制御するために閉ループフィードバックシステムを使用する装置ですが、たとえば製造中のプラスチックを測定したりしていました。樹脂と空気を混ぜる分量を制御して正しく分配されるようにし、すべての材料の厚みと混合が適切になるようにするのです。基本的には、製造されるプラスチックを測定して、その流れを制御するのが仕事でしたが、こうした作業は紙などのあらゆるものを使って進めていました。おそらく、仕事を始めてから17年間くらいはこの分野に従事していましたが、1980年代に入ってからはコンピューターの設計に移りました。
Warner: 当時のことはよく覚えています。—パソコンや周辺機器向けの電子機器が急増しましたね。
Hartley: 最初はコンピューターの高耐久化を手掛ける会社で働きましたが、コンピューターがどんな環境にも対応できるようにするのが仕事でした。3階の高さから落とした後でもコンピューターが機能しなければいけなかったのです。
Warner: 製品はどこで利用されるのですか?建設現場などでしょうか?
Hartley: いろいろなものがたくさん飛び交い、大きな圧力に耐えられる環境が必要な現場です。たとえば、工場や軍隊の現場などですね。その後、1990年代の初期からは航空電子機器に数年間、それから通信機器の業界に5年間従事しましたが、ご存知のとおり、2002年に通信業界は崩壊しました。
Warner: そうでしたね。
Hartley: そこで、2003年に航空電子機器に戻り、2014年に退職するまでずっとその分野で働きました。ですので、私の手掛けた製品の大半は、産業用の制御装置、コンピューター、航空電子機器、通信機器ということになります。現在は半ば引退し、講師やコンサルタントを務めています。
米国内の会議で定期的に講演を行うHartley氏
Warner: 最後に正社員としてお勤めになっていたのは、L-3コミュニケーションズですよね?
Hartley: そうです。民間航空機と軍用機の設計と製造を行うL-3 Avionics Systemsという名前の子会社に勤めていました。現在も立派な業績を挙げている素晴らしい会社です。
Warner: このご時世に明るいニュースですね。実は、2月に開催されたIPC APEXで私はあなたの講習を受けたのですが、あなたは基板も設計しているEEの方に手を挙げるようにおっしゃいました。そして、EEの業務と回路基板のレイアウトではどちらが難しいかと尋ねました。あの質問をされたのはなぜですか?彼らがPCBのレイアウトのほうが難しいと答えたことに、なぜ大半の参加者が驚くと思われたのですか?
Hartley: 私がその質問を最初にしたのは、2008年のPCB Westでした。会場には回路とPCBの両方の設計を20年ほどやっている参加者が2人いました。私は彼らにこう尋ねました「ご自身としては、どちらのほうが難しいですか?」すると、そのうちの1人が文字通り冷笑して答えました。「もちろん、回路よりもPCBの設計のほうがはるかに難しいですよ」部屋にいた残りのEEがみんな振り返り、疑わしそうな目を彼に向けました。彼らはとんでもない表情をしていましたよ。
Warner:それは面白い話ですね。EEの皆さんは、どうしてそんな表情になったのでしょう?
Hartley: 混乱したのでしょう。要するに、この2人の設計者はEEのパラダイムの弱点を明らかにしたのです。回路基板の設計は点を結ぶ作業であり、科学というよりも芸術になることがあるからです。当時、これは技術的にそれほど難しくありませんでした。エンジニアの中には今もそう考えている人がいますが、ここ25年から30年の間に、PCB設計は正真正銘エンジニアの業務になりました。かつては、常に配置や配線の迷路を解消しながら、製造可能性を維持しなければなりませんでしたが、現在はこれに加えて、シグナルインテグリティーや場の理論について理解しなければならないほか、回路の機能に関する多少の知識も必要です。今年のIPC APEXでの電源分配の講習でもお話しましたが、場にはエネルギーが存在します。これを把握しなければ、回路のどこにエネルギーが移動するのかを理解できません。これを知っているかどうかで、設計の方法は大きく変わるのです。両方の仕事の本質に目を向けている人は、回路基板の設計のほうが難しいことを理解しています。だから私はあの質問をしましたが、大半の人が意外な答えに驚くことは想定していました。ちょうど2008年に2人の設計者が「基板の設計の方が難しい」と答えたときと同じです。
Warner: 彼らの答えは実際の経験に基づくものだったわけですね。あなたと同じように、長い経験がありますから。設計の専門家を業務の難易度別に序列をつけるとすれば、設計者の大半はEEが上になると考えるでしょう。
Hartley: そうでしょうね。EEの仕事には基板の設計よりも、技術的に高度な知識が必要になりますから。ただし、その知識を身に付けてしまえば、PCB設計の日常業務のほうが難しいのです。両方の領域で仕事をしていて、EEのほうが難しいと考えている人にときどき会いますが、そういう人たちは例外です。
Warner: つまり、PCB設計のほうがずっと複雑になっているということですね。特に、RF、マイクロ波、ミリ波、高速デジタルとなると、非常に複雑なようです。
Hartley: 実際のところ、現在の回路基板の設計者は、回路理論について多少は理解している必要があります。回路図を見て、それがどうなっているのかをわからなければなりません。細かいところまで知っている必要はありませんが、プロセッサーやFPGAがどう機能して、メモリーが回路でどんな役割を果たし、それぞれがどのように接続したり、駆動したりするのかがわかる程度になる必要があります。これらは、コンポーネントを連動させて配置し、伝送線を想定どおりに機能させるために理解しておかなければならない最低限のことです。それに、場の理論、インピーダンスコントロールや適切な終端といったシグナルインテグリティーの問題、電源バスの設定方法についても理解しておかなければなりません。デカップリングコンデンサーを配置するのはBGAの下なのか、それとも横なのか?その答えは、基板のプレーンの場所によって完全に異なります。これを知らないエンジニアはたくさんいますが、大半のPCB設計者は知っています。最近のPCB設計には、たくさんのエンジニアリング業務が付随してくるのです。
Warner: 2009年頃に業界に戻ってから気付いたことは、自分で基板を設計するように要求されている優秀なエンジニアが大勢いることです。私が設計の業界から一度離れた1998年には、—この仕事をエンジニアが担当することはありませんでした。特に高性能基板になると、EEはレイアウトとなると何も知りません。悲しいかな、これが思わぬ問題をたくさん引き起こします。
Hartley: そうですね。現状はこうです。この分野に初めて従事する人は、たとえば配線を容易にするためにトレースを小さくしすぎて製造不可能にしてしまうなど、大半の人が陥るミスを犯します。実装や製造の工程を考慮に入れなかったり、基板をテストできる状態に設定しなかったりするのです。基板内と基板上の銅箔のバランスを取らない、基板に誤った誘電体を使用する、あるいはバランスのとれたスタックアップや良好な場の閉じ込めが実現するようにプレーンやトレースレイヤーを配置しない、といったこともあります。これらが新人のエンジニアのやりがちなことですが、ベテランの基板設計者は無意識のうちにこうした問題を避けるのです。基板のレイヤーの数を奇数にしようとしたエンジニアもいましたが、経験の豊富な設計者はよりよい方法やその理由を理解しています。
Warner: ひとりひとりの設計者がそんな道を通るというのは不運なことですね。彼らに同情してしまいます。
Hartley: PCBを正しく設計する方法を知りたい人のために本質的なトレーニングコースが提供される場があればよいと思いませんか?
Warner: そろそろEEのカリキュラムに採り入れるべきだとお考えなのですね。
Hartley: そうすべきでしょう。もう1つの残念な問題は、たくさんのEEがPCB Westの価値に気付いていないことです。
Warner: おっしゃるとおりです。専門知識のレベルについては言うまでもなく、講師の方々は本当に貴重な情報を伝授してくれます。あなたのほかにも、Eric Bogatin博士やGary Ferrari氏、Susy Webb氏などの講師の皆さんがいます。たくさんのミスに苦戦してエキスパートになったベテランたちが、近道をして同じ過ちを犯さない方法を熱心に教えてくれます。
Hartley: PCB Westでの講習の価値は莫大です。先ほど挙がった名前以外にも、Dan Beeker氏、Mark Finstad氏、Phil Zarrow氏、Keven Coates氏、Doug Brooks氏、Mike Creeden氏、Doug Smith氏など、大勢の講師がいます。その他にも、製造工場、実装工場、材料のサプライヤー、CAD会社の講師など、たくさんの業界専門家が参加します。
Warner: 今のお話を伺って質問が思い浮かびました。あなたはどのようにシグナルインテグリティーと高速設計の専門家になられたのでしょう?
Hartley: 1970年代後半にRF基板のレイアウトを担当したのがことの発端です。当時の私はEEだったため、RFの技術者と連携していましたが、私が彼の目標と必要なものを理解していることを彼はわかっていたので、私の仕事に大きな信頼を寄せてくれていました。私たちの共同作業はとてもうまくいっていたのです。彼を通じて、私は導波路の概念について把握し始めました。実のところ、高周波回路だけに導波路があると考えている人はたくさんいます。エンジニアはその領域の導波路のことしか口にしないからです。ところが、低周波を超えて稼働する伝送線はすべて導波路です。1つの導線とそのリターンパスが誘電体を介して場を進むのが導波路なのです。つまり、高周波回路だけでなく、大半の回路が導波路ということになりです。このRFエンジニアから学んだのは1970年代のことでした。しばらくしてデジタル設計に戻り、1980年代の中頃までこの分野に従事していました。ところが、1980年代後半にICの起動時間が高速になり、回路にノイズとEMIの問題が発生するようになりました。正直に言うと、誰もその原因がわかりませんでした。困惑しながら、「なぜ、発生するんだ?」と考えていました。私たちが気付いていなかったのは、それが回路のクロック周波数ではなく、起動時間に関係していたことです。1980年代の終わりから1990年代の初めにかけての数年間で、私はようやく原因を突き止めました。研究室で回路から発生する場を近接場プローブとスペクトラムアナライザを使って測定し、信号の起動時間をチェックしたのです。最終的には、信号の起動時間とこれらの回路の場に直接的な関係があることがわかりました。そうすると、すべての辻褄が合うようになってきます。私は1993年に初めてPCB Westに出向き、Lee Ritchey氏の講習に参加しましたが、その指導を聞くだけで、彼に豊富な知識があるのがわかりました。以前は考えもしなかったことが、全て意味のあることだったということを学んだのです。彼に教えてもらったことを、それまでの私の仕事の中で学んだことに当てはめてみました。そこで、私はすべての情報をつなぎ合わせてみることにしました。2~3年かけて、回路のシグナルインテグリティーを確保し、場を制御して維持する方法を見つけ、ノイズや干渉の問題を解決することを計画したのです。これらはすべて経験と訓練によって実現したものです。1990年からは書籍も購入するようになり、今では100冊以上持っています。
シグナルインテグリティー、高速設計、EMI、ノイズコントロールに関する書籍で、私が持っていない本の著者の名前は挙げられませんが、Henry Ott博士、Howard Johnson氏、Eric Bogatin博士、Bruce Archambeault博士の本は持っていますし、他の設計者も愛読しています。Kimmel氏とGerke氏、Terrell氏とKeenan氏、Ralph Morrison氏-- 実にいろいろな著者の本を読んできました。自分の知識に書籍から得た情報を組み合わせ、あれこれ考え合わせて結論を出すのです。
1985年から1995年までのおよそ10年間で、こうした問題をさらに深く理解できるようになりました。そして、1996年に講師の仕事を始めました。「これについては十分に理解した。私の知識を他のエンジニアに伝えられるはずだ」と考えたのです。他のエンジニアに手を貸すことが私の目標になりました。
Warner: 素晴らしいですね。あなたの「教えたい」という意欲に助けられた人は大勢います。まさに、生まれ持っての先生ですね。
Hartley: ご親切な言葉だ。ありがとうございます。
Warner: これは本心です。私のように技術に関してきちんとした教育を受けていない人でも理解できるように教えてくださるので、皆さんが楽しみながら学んでいます。
Hartley: それがポイントです。講習に参加するPCB設計者の多くは、エンジニアリングの経験がないものの、回路基板の設計がエンジニアリングの領域に含まれるようになったことを理解しています。私の目的は、彼らが理解する必要のあることをわかりやすく伝えることなのです。
Warner: 初めてお会いしたとき、もっと多くの設計者が基板サプライヤーと話をして、基板がどのように製造されるのかについて学んで欲しいという話に花が咲きましたが、次回のニュースレターでこれについてさらに話を進め、現在のエンジニアやPCBの設計者にいくつかアドバイスをいただけませんでしょうか?
Hartley: 喜んで。
Warner: ありがとうございます。お話の続きを伺うこと、そして苦労して手に入れられた知識を皆さんにお伝えするのを楽しみにしています。本日はありがとうございました。
Hartley: こちらこそ楽しみにしています。ありがとうございました。